「メゾン刻の湯」読書感想文ー私たちは”多様性”と”寛容さ”を抱きしめて生きていく。

”正しく”なくても
”ふつう”じゃなくても
懸命に僕らは生きていく。

どうしても就職活動をする気になれず、内定のないまま卒業式を迎えたマヒコ。
住むところも危うくなりかけたところを、東京の下町にある築100年の銭湯「刻(とき)の湯」に住もうと幼馴染の蝶子に誘われる。
そこにはマヒコに負けず劣らず”正しい社会”からはみ出した、くせものばかりがいて――。

「生きていてもいいのだろうか」
「この社会に自分の居場所があるのか」
そんな寄る辺なさを抱きながらも、真摯に生きる人々を描く

監修を務めさせていただいた小野美由紀さん作「メゾン刻の湯」には、こんな紹介文が並んでいます。

さまざまな事情を抱えた登場人物たちの、銭湯「刻の湯」のシェアハウスでの共同生活。

登場人物は障害者、ハーフ、セクシャルマイノリティなど、なんらかのいわゆるはみ出した「マイノリティ性」を持っていて、多様性がテーマになっている物語です。

しかし、このデリケートなテーマに身構えることなくフラットに描かれていて、すんなりとここちよく入ってきます。

読む手が止まらず、一気に読み終えました。

また、今回あらためて振り返って読んでみて、単純ではないのに単純化された形でしか描かれてこなかったものに、そっと光を当て、手を差し伸べるように描かれていることが再発見できました。

この小説は、自分と異なる多様なものを受け容れ、寄り添っていく優しさが求められる今の時代にふさわしい物語です。

“多様性”について

「ふつう」じゃないもの。

見なかったことにされて取り残されてしまうようなもの。

世の中に受け容れられないもの。

「メゾン刻の湯」ではそういったものたちの、必ずしもドラマチックじゃないありのままの姿が丁寧に、繊細に描き出されています。

テーマとなっている”多様性”も押し付けがましくなく、

人物設定は『テーマを伝えたいから!』という意気込みからではなく、なんとなく住人が7人いたら、ハーフ1人、障害者1人くらいいるだろ、と。

銭湯小説「メゾン刻の湯」2/9 発売記念!作家 小野美由紀さんインタビュー

たとえば障害者は国民のおよそ6%。

LGBTは7.6%ほどいます。

社会の中での割合を考えると、特に極端というほどでもありません。

それだけでなく、なんらかのマイノリティ性を持っている人を足し合わせると、もはやマイノリティと呼ばれる人たちはマイノリティ(少数派)ではなくなっているのかもしれません。

とすると、これはいわゆるマイノリティの物語ではなく、広く今の時代に生きる人たちの普遍的な物語に昇華しているとさえ感じます。

登場人物は慎重に相手の気持ちに寄り添おうと努力し、丁寧に言葉を選んで接します。

つかずはなれず、干渉しすぎるでも、ほったらかしにするでもない微妙な距離感。

これは2000年以前によく見られた、いわゆる熱血的にグイグイいく関わり方とは対照的なゆるやかで柔らかい、今の時代にあった空気でしょう。

このバランスは難しいように思われるかも知れませんが、マイノリティだろうがそうじゃなかろうが、人と人との関係性では自然なことじゃない?って思います。

義足の龍くんについて自分的考察

義足の登場人物「龍くん」の言葉は、もはや私が小野さんに語ったものなのか、小野さんの中で生みだされたものなのか区別がつかないほど、私の考えと違和感がなくなっちゃってます。

龍くんほどイケメンでもいいやつでもないんですが、自分の分身のように感じてます。

そんな龍くんの言葉や考え方を自分なりに考察してみます。

障害について

「それに俺、人に好かれやすいんだ。ほら、俺さ、足ないじゃん。みんな、自分より”下”だと思うとさ、安心して話すでしょ」

「…この身体だとさ、どうしても、過剰に低く見積もられたり、あるいは高く見積もられることが、日常の中で多々あるんだ」

「障害者だから頑張ってる、とか、苦労を乗り越えた、心のキレーな人、だとかさ」

「逆にさ、これはあいつにはできないだろ、とか、最初から、勝手に気い使われたりとか、なんていうか、自分たちより一段高いところに置かれたり、低いところに置かれたり、そういうことが、とても、多いんだ」

「別に俺 、障害を持ったことは不幸でも幸福でもないと思ってるけど、それはそれとして、生きてく上でさ、それを持ってるってことで生まれる何や彼は絶えずあるわけ」

障害について周りの反応に対して龍くんは冷静にとらえています。

ここで語られている周囲の反応は実際、よく見られますね。

しかし龍くんは周りからどう見られているかをわかっていて、それはそれと割り切りながら受け流せるしなやかさを持っています。

特に共感するのは「別に俺 、障害を持ったことは不幸でも幸福でもないと思ってるけど、それはそれとして、生きてく上でさ、それを持ってるってことで生まれる何や彼は絶えずあるわけ」という言葉。

障害を題材にした時によくあるのが「障害を乗り越えた」的なストーリーで美談にまとめられること。

はっきり言って自分的にはめっちゃ違和感があります。

そんな単純なことだけじゃないだろうと。

私はきっと周りから見れば「乗り越えた人」と見られているのでしょうし、実際私は障害を持っていることは不幸でもなければコンプレックスでもなくて「ちょっと不便」ぐらいの感覚です。

それでも、やっぱり龍くんが語るように障害を持っていることに付随して何らか起こることはあるんですよね。

それはきっと「乗り越えた!終了!」なんて簡単なものではなくて。

そういった障害に付随して起こる何や彼やを、それはそれと割り切りながら、前よりも上手に受け流せるだけのしなやかさを持てるようになった、というぐらいがしっくりくる感覚です。

属性によるラベリング

「自分が意図しない形で好き勝手にラベリングされるのってさ、なんか、そればっかりになる気がしてさ。”そう”な俺と、”そうじゃない”俺があったとして、」

「”そうじゃない俺”はどこ行くの?って感じよ。俺だって、今でこそ慣れてさ、むしろそれを利用してやるぞー、みたいなとこあるけどさ、それでもやっぱ、きついときあるもん。『障害者タグ』みたいなの、わかる?付けられんの。それだけで判断されるっていうのはさ、自分に関する、それ以外の部分を、全部丸ごと無視された気になるんだ」

これも障害に限らずありますねー。

性別、宗教、人種、セクシャリティなど…

ある属性なんて一人の人間の一部にすぎないのに、わかりやすくつけられたラベルがすべてであるかのように見られ、判断される。

それって判断される側からすると気持ちいいものじゃないし、そんな単純なものでもない。

私だって障害者であることにコンプレックスを特に感じてはいませんが、私個人とは関係なく”障害者”というラベルだけで一括りに見られることには反発を感じます。

龍くんはそのラベルすら利用してやる、ぐらいのしたたかさも併せ持っていますが、やはりラベルではなく一人の人間として見て欲しいという思いがこの語りに現れています。

人と違っていること

「自分が人と違うってことにさ、もうすっかり慣れたと思ってたんだけど、やっぱりどっかでさ、自分が人と暮らしたりとか、出来んのかな、って思ってたんだと思う」

「自分が人と違うって感覚は、ずっと残ると思うんだ。一生かけても解決しないかも。でも、それでもいいのかな、って思えたんだよね」

龍くんが刻の湯の住人と過ごす中で生まれた気持ちの変化についての語り。

ここまでの言葉が物語るとおり、龍くんは障害についても、周りの見方についても元からある意味悟っています。

それでも、どこか人と違うことに対する引っかかりが残るのは理解できるし、私もどこかで同じように感じている部分はあるのかも知れません。

ただ、障害などの人と違う属性によってではなくとも、人はそれぞれ違うことは当たり前だし、たとえ違っていたとしてもそばにいてくれる家族や友達がいれば、それでもいいと自分を認めることができるような気がします。

他人の目をあまり気にしないと自覚している私でも、自分一人だけで完全に自分自身を肯定することはできないでしょうし、他人によってはじめて自分を認めることができるという面はあるんだろうな、と思います。

私たちは”多様性”と”寛容さ”を抱きしめて生きていく。

物語の最後はこんな言葉で締めくくられます。

僕が欲しいのは、他人を叩きのめす力ではない。異質な物と、つながりを持てなくても、理解しあうことはできなくても、寄り添うことをやめないだけの足腰の強さと、感応できるだけの優しさだ。歳をとった人間の描く希望とは違うかもしれない。けれど僕たちは、それがあれば生きてゆけるのだ。敏感でやわらかな指先を、他者に向かってのばすこと、それが、僕にとっての希望なのだ。

この、異質なものを完全に理解はできなくとも、寄り添い、そっと手を差し伸べる優しさこそ、これからの時代を生きていくために大事になってくる姿勢であり、物語のテーマはこの優しく繊細でありながらしなやかで強い、希望に満ちたこの一節に集約されています。

また、今回あらためて振り返って読んでみると、単純ではないのに単純化された形でしか描かれてこなかったものが、この最後の一節のとおり、寄り添うような優しさで丁寧に描かれていることがわかってきました。

そんな今の時代を反映しながら、未来に向けての希望を垣間見せてくれる「メゾン刻の湯」。

本当に、読んでいただきたい一冊です。

小野さんのインタビューもご覧ください。

こんにちは。ライターのn.yusuke。です。 小野美由紀さんの東京の下町の銭湯を舞台にした青春小説が2018年2月9日(金)にポプラ社より発売されました。   【 内容紹介 】 どうしても就職活動をする気にな …
内定ゼロのまま大学を卒業したマヒコ。アパートの契約も切れ、いくあてのなかった彼が住むことになったのは、築100年の銭湯「刻の湯」だった。社会に馴染めない変わり者たちの共同生活を描いた『メゾン刻の湯』(ポプラ社)。エッセイ『傷口から人生。メンヘ…

ぜひ手にとってみてください。

よろしくお願いします。