切断~復帰経過:その13ー脚を失い、ふたたび義足で立ち上がるまでの記録。

 
 
 
リハビリ初日で杖無しで歩けるようになり、日常生活に戻るために何をするべきかを考えた。
 
重要で、かつ今できないことは長時間義足を履き続けることだった。
朝家を出て夜帰ってくる時間を考えると、16時間ぐらいは履き続けることになる。
 
リハビリでは連続でもせいぜい数時間程度。
それでも坐骨は圧迫されて痛いし、ソケットに当たってる皮膚は刷れて傷ができることもあって、義足を履いていることが負担だった。
しかし、履いていられる時間を延ばさないことには日常生活に戻って苦しいので、なんとか乗り越えなくてはならなかった。
 
そのためにやったことはいたって単純。
義足を履き続けた。
16時間とは言わないまでも、朝から晩までほとんど義足を脱がなかった。

精神と時の部屋で悟空と悟飯がずっと超サイヤ人でいたことを思い出しながら。
 
最初はやっぱり痛かった。
それでも脱がなかった。
どうしても痛い時はトイレで断端をマッサージしてやり過ごした。
これは退院後、日常生活に戻るまで意識して続けた。
 
それから、屋外の凹凸が多い地面でも安定して歩けるようにならなくてはならなかった。
脚がある時には気にも留めなかった地面の凹凸。
義足になってみて初めて、世の中は思ったより凸凹なんだと感じた。
 
鉄道弘済会のリハビリでは屋外に出ることが多く、長い時には数キロも歩く。
体力的にまだそこまでの距離を歩くのは負担が大きかったし、屋外を歩くのは神経を使って精神的にも疲れた。
最初は不安もあって杖を持って出ていたが、極力杖はつかなかった。
そうするうちに、杖も持っていかず、全く杖をつかずに歩けるようになっていった。
コースも日によって違っていたので、色々な状況を経験することができたし、違った道を歩くのは気分転換にもなった。
 
嫌でも日常生活に戻れば日々色々な状況に遭遇する。
リハビリ中に屋外を歩く経験を積み重ねられたことは大きかった。
 
また、トラブルがあった時に自分である程度対応できるようになりたかった。
そのため、基本的な義足の調整の仕方を教えてもらった。
義足でよく使われているのはピラミッドアダプターという部品。
ピラミッドアダプターで部品が繋がれている部分が多く、また調整もピラミッドアダプターで行うことが多いので、その調整の仕方や元の場所に戻す方法を教えてもらい、多少の調整であれば自分でできるようになっていった。
 
そして、仮義足から本義足への作り替えを見据えて色々な部品を試させてもらった。
特に膝継手は3〜4種類の部品を試した。
ほとんどの膝継手で歩くことはできたが、そのうちの一つ3R80(Ottobock)が歩きやすくて気に入り、本義足に作り替える時にはこの膝にしたいと思った。
 
こうして義足の知識を付けていったのはこの時期だった。
 
義足を履き続け、屋外を長い距離歩き続ける持久力。
様々な場面に遭遇した時の対応力。
義足の知識。
 
限られたリハビリの期間中、日常生活に戻ってから必要になる多くのことを身に付けていった。
 
(続く)
 
 
 
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コメント

  1. 匿名 より:

    タイムリー。私の患者さんで、病気のために足を失った方がいます。職業柄、さまざまな義足及び切断を見てまいりましたが、年数が浅いため、股離断患者さんにはまだあたっておりません。
    このタイミングで、貴重なご経験を語ってくださること、天恵です。機が熟しましたら、彼とともにまた訪れます。彼もまた、違いながらも重なる道を切り開き、さらに続く方にしるべとなりますように。

  2. 野田 隼平 より:

    コメントありがとうございます。
    股離断、数が少ないですからね。
    ユーザーさんの周りの方に情報お届けしたくてやっているので、
    何かの助けになれば嬉しいです。

    また、患者さんの状況に応じたお話もできるかと思いますので、メッセージでご連絡頂ければ幸いです。
    http://hdjunpeee.blogspot.jp/p/blog-page_1.html

    どうぞよろしくお願いします。