越智さんのカンパラプレス、及びYahoo!ニュースで記事にして頂きました。
野田隼平「僕が走りつづける理由(わけ)」
取材では自分の思いを素直にお話しましたし、自分の思いを文章と越智さんの写真でいい記事に仕上げて頂いて感謝しています。
ここでは、改めて走る理由について自分の言葉でお伝えさせて頂きます。
「なぜ走るんですか?」「なぜ走ろうと思ったんですか?」という質問をよく受けます。
それには2つの理由があります。
「走り始めた理由」と「走り続ける理由」。
これらは違った意味合いを持っています。
01. 走り始めた理由
脚を切断するまで色んなスポーツをしてきましたが、元から陸上競技に興味を持っていたわけではありません。
しかし、脚を切断してから、「物理的に不可能なこと以外はあきらめない」と決めました。
そして物理的に不可能でないのであれば、脚をなくしたことで失ってしまったものを取り戻したかったのが走り始めたきっかけです。
ヘルスエンジェルスの練習会で義肢装具士の臼井さんに「走ってみなよ」と背中を押され初めて走ってみた時は仮義足でまだ退院前。
義足の扱いも今より下手だったこともあって満足に走ることはできなかったのですが、物理的に不可能なことではないと思えました。
義足の扱いも今より下手だったこともあって満足に走ることはできなかったのですが、物理的に不可能なことではないと思えました。
失ってしまった「走ること」は、取り戻すことができると確信しました。
後に、臼井さんは陸上用の義足を用意してくださいました。
最初からすぐに走れたわけではありません。
日常用の義足とは全く違う感覚。
また、股義足で走ることは歩くことの延長線上にある動作ではなく、全く異なる動作です。
それでも、何度も転びながらでも、徐々に感覚を掴んでいきました。
日常用の義足とは全く違う感覚。
また、股義足で走ることは歩くことの延長線上にある動作ではなく、全く異なる動作です。
それでも、何度も転びながらでも、徐々に感覚を掴んでいきました。
カーボン製の足部(板バネ)から伝わる地面を蹴る感触。
事故に遭ってから感じたことがない速さで流れる景色。
風の感触。
走れた!
と思ったその時、確かに自分は失ってしまったものを取り戻した、と感じました。
と思ったその時、確かに自分は失ってしまったものを取り戻した、と感じました。
02. 走り続ける理由
股離断(股関節から脚を丸々一本失った状態)になり、股義足を履くことになるとわかった時、ネットで情報収集をしました。
見つかったのは教科書的な説明がほとんどでしたが、その中にかつて股義足で走っていた人の情報を見つけました。
「実用的に歩くことは難しい」とも言われていた中、走っていた人がいた!ということが信じられませんでした。そして、「走れるなら歩くことはできるはず」と可能性を見い出すことができたのです。
その思いを胸にリハビリに打ち込み、日常生活で本当に不可能なことはあまり思い当たらないぐらいになりました。
その思いを胸にリハビリに打ち込み、日常生活で本当に不可能なことはあまり思い当たらないぐらいになりました。
またヘルスエンジェルスに参加し臼井さんに陸上用義足を作って頂いたことで、自分は走ることもできるようになったのです。
そして、自分がかつて走っている人がいたことに大きな希望をもらったように、自分が走っていることが同じ股離断の人に「歩ける」「走れる」という可能性を示すことができるのではないか?と思いました。
多くの人に知ってもらうにはどうすればいいか考え、「記録に残ることをしよう」と思い当たりました。
とはいえ、公式の陸上競技では股離断は大腿切断と同じT42(膝上切断)クラスに分類され、記録では勝負になりません。
そもそも、走ることが想定されていないため、クラスが存在しないのだと思います。
そして、自分がかつて走っている人がいたことに大きな希望をもらったように、自分が走っていることが同じ股離断の人に「歩ける」「走れる」という可能性を示すことができるのではないか?と思いました。
多くの人に知ってもらうにはどうすればいいか考え、「記録に残ることをしよう」と思い当たりました。
とはいえ、公式の陸上競技では股離断は大腿切断と同じT42(膝上切断)クラスに分類され、記録では勝負になりません。
そもそも、走ることが想定されていないため、クラスが存在しないのだと思います。
思いついたのは、「ギネスブックに載せよう」でした。
突拍子もない発想かも知れませんが、走っている人がいないのであれば記録は作れるし、広く知ってもらう一つのきっかけになると思ったからです。
走り出してからすぐのことで、無茶ですよね。
英語で申請文書を書き、実際申請しました。
が…
ギネス世界記録には「障害が理由となる記録は認められない」というポリシーがあり、認めることはできないとの返答でした。
撃沈です↓
それならどうするか?
思いついたのは「股離断のクラスを作ろう」ということでした。
股離断のクラスがないのは、おそらくクラス分けを行うIPC(国際パラリンピック委員会)で股離断で走ることが想定されていないためです。
そしてクラスが存在しないので走ろうと思う人も現れず競技として成立しないという循環があるためです。
それなら、まずは股離断で走れる、走っている人間がいるということを示すことが第一歩だと考えました。
そのためにできることは、
・たとえ勝負にならなくてもT42クラスの中で大会に出場し続けて公式記録を残し続ける
・関係者に股離断で走っている姿を直接見せることで証明する
ということでした。
自分は不可能ということを証明することはできないと考えています。
悪魔の証明というやつです。
生まれた気持ちの変化。陸上が好きです。
走り続ける中で自分の気持ちにも変化が出て来ました。
最初は「失ったものを取り戻したい」という一心で始めた走ること。
しかし、陸上を競技として取り組み始めて四年が経ち、今では自信を持って言えます。
陸上が好きです。
好きなことをやって、それが誰もやったことのないことに挑戦していることになるなんて、得した気分です。
まだこの小さい一歩は始まったばかり。
後に続いてくれる人が現れ、共に競い合える相手が現れるまで。
股義足で走るということを途切れさせないためにも。
自分は走り続けます。