【講演資料公開】高校生に伝えた、これからを生き抜くために大事な3つのこと。

先日、会社の「ヤング天城会議」というイベントでお話させていただきました。

ヤング天城会議は、全国から集まった約30名の高校生が、2泊3日にわたっての講演やグループワークを通じてグローバルで活躍するために必要な視点や考え方を身につけるきっかけをつかんでもらえるように企画されたプログラムです。

ヤング天城会議2013レポート

Xiborg遠藤謙と、義足の開発者と使用者のコンビでパネルディスカッションでの参加となりました。

会場は伊豆の山奥、「天城越え」の天城。

天城が伊豆なこともはじめて知りました。
あいにくの天気でまわりの山も見えない。

ほんとに何もみえやしない。

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ここで約30人の高校生が2泊3日こもって、いろんな講演を聞いたりグループワークに取り組みます。

うちの会社らしくAIをはじめとしたテクノロジーや、グローバルで活躍するためには、みたいな話が中心ですね。

偶然にも母校、大阪府立四条畷高校の後輩も参加していました。

これにはびっくり!

有名人でもなければ、なにか偉業を成し遂げたわけでもないわたし。

こんなテーマのもと集まった高校生たちに何を話そうか結構悩んだんですが。

講演の時間は20分と短い中で、パネルディスカッションにつながるように。

わたしのことを知ってもらいながら実体験から高校生たちに伝えられることを話すことにしました。

タイトルは「脚を失って見えた、これからを生き抜くために大事な3つのこと。

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伝えるメッセージは3つ。
・壁にぶち当たったとき
・決断するときの拠りどころ
・多様な世界で生きていくために
 
はっきりいって、特別だったりすごいことを言っているわけじゃないです。

どちらかというとありきたりだなー、と思ってます。

しかし、脚を失ってどん底まで落ちてそこから這い上がった。

そして今では障害者として生活している人間が実体験に基づいて話すことでなにかしら感じてもらえれば、という思いです。

壁にぶち当たったとき

なにごともなく普通に過ごしてたのに、起きたら脚が一本なくなってて病院の集中治療室のベットの上。

この状況ってぶち当たった壁としてはそこそこいい線いってる気がします。

そんな状況でどうしたらいいか。

大事なのは「まずは冷静になること」です。
うろたえることなく、周りを見て状況を冷静に判断すること。

きっと、周りには助けになってくれる人がいるはずです。

わたしの場合、家族や友達、職場の同僚や上司が周りにいました。

助けになってくれましたし、戻ってくることを待ってくれていました。

だからこそ、「みんなのところに戻ること」が大きなモチベーションになったんです。

そして冷静に周りを見た上で、次に大事になのは今なにができるか考え、全力を尽くすこと

起こってしまったことや過去は変えられません。

なので、「今できること」はなにか考え、それに向けて全力を尽くす。

わたしは入院している半年の間、それだけに集中していました。

あの時ほど、必死に考えて実行できていたことはありません。

事故に遭った直後のどん底から半年というスピードで、義足を履いて事故に遭う前とほぼ変わらない形で復帰できたのがその結果です。

この経験から学んだことが、

壁にぶち当たった時ー冷静に、今できるベストを尽くす」というメッセージです。

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決断する時の拠りどころ

人生の中で、高校生にとってはこれから進路などいろんな場面で決断を迫られます。

そこで「自分はなにをやるのか決断する際の判断基準についてです

たとえとして、わたしがやっている陸上の話をしました。

わたしの障害(股関節離断)では勝負にならないことは最初からわかっています。

それがわかっていながら、なぜ走っているのか。

「意味がない」という人もいるでしょう。

それでも走り続けているのは、私自身が意義があると思っているからです。

今でも、「股関節離断では歩けない」といわれることもあるようです。

私はそれよりはやわらかいですが「実用的に歩くことは難しい」と言われました。

そう言われたら本当は歩ける人もあきらめてしまうかもしれません

しかし、走っている人がいれば、歩くことはできると示すことができる

また、わたしの姿を見て走りはじめた同じ股関節離断の子どもたちもいます。

数は少なくても、わたしが走ることで希望を見出している人がいる。

それがわたしが走る意味です。

たとえ意味がないといわれようが、自分自身が意味があると信じているからやっている。

これが「決断するときの拠りどころー判断の軸を自分の中に置く」ということです。

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多様な世界で生きていくために

このイベントを通じて「多様性」が大きなテーマになっていました。

性別、国籍、宗教、言語、障害の有無、性的指向など。

多様な価値観を受け容れる

高校生の発表の中でもたびたび出てきていた言葉。

もちろん、それはすばらしいことです。

しかし、障害者というマイノリティである立場から感じるのは、「多様な価値観を受け容れる」だけでは充分じゃない

性別、国籍、宗教、言語、障害のような属性以前に、1人の個人として向き合うことを忘れないでほしい

たとえば、同じ脚がない障害を持っていても、まったく悩んでいないわたしのような人もいれば、深く悩んで家から出れない人もいます。

両者に対してここちよい向き合い方は変わってくるでしょう。

なにも特別なことじゃないですよね。

相手の属性は考慮はするにしても、それ以前に1人の人間として尊重して向き合う。

これを忘れないでいてほしいと考えています。

ここがズレてる健常者ー100人の障害者がモノ申す」というNHK Eテレの番組にも参加しましたが。

この番組でずっとモヤモヤしてたのは「健常者」「障害者」という大きすぎるくくりで話をするのは難しいよな、ということ。

両者がそれぞれ個々の人間として向き合うことができれば、番組の中で語られていたズレやすれ違いもなくなっていくと思うんですけどね。

これが多様性について3日間考えてきた高校生に向けて伝えたかったメッセージ。

多様な正解を生きていくためにー属性ではなく、1人の人間として向き合う

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講演&パネルディスカッションを終えて

みんな熱心に聞いてくれて、パネルディスカッションでも積極的に時間いっぱい質問をしてくれました。

こんなイベントに参加してくるとは、さぞ意識の高い高校生なんだろうな…と思っていました。

予想どおり自分が高校生だったころとは比べものにならないほどいろんなことを考えていて、驚くほど優秀な高校生たちだったなぁ。

わたしが高校生のときはインターネットもスマートフォンもなかった時代。

ものごころついた頃から当たり前のようにそれらを使いこなしている彼ら。

これから先の時代を生きる素地がわたしなんかよりはるかに備わってるんじゃないでしょうか。

なので今回話したことも参考程度に聞いてもらって、取り入れることがもしあればいいな、ぐらいの気持ちです。

とまあ、えらそうなこと話してきたわけですが、つね日ごろじぶんができてるかっていうと…

ふだんの行動を反省するいい機会でした!

これからも今回のように人前で話をする機会があればやってみたいです。

自分自身の行動を省みる意味でも…

最後に、今回使った資料のフルバージョンはこちらに置いときます。
もし興味があれば見てみてください。

それでは、また。