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切断~復帰経過:その6ー脚を失い、ふたたび義足で立ち上がるまでの記録。

 

入院して2ヶ月近くが経った。

松葉杖で歩ける距離も延びて階段の上り下りもできるようになり、院内杖OKも出たので病院内を松葉杖で歩き回る日々。

コンビニに自由に買い物に行けることすら嬉しかった。
誰の手も借りず、自分の脚で自由に動けるようになったことで、より自分らしさを取り戻しつつあった時期だった。

院内を松葉杖で歩いていると脚がないことは一目でわかるので、車椅子の時より人の目線は感じるようになった。
最初から全く気にならなかったわけではないが、自分の姿を見て考えると、「そりゃいきなり見たら、え?ってなるよな」と思った。

入院してからずっと、処置の時に便利なので短パンだったが、母妹と「見た目に優しくないよね」と長ズボンのジャージに変えた。
左脚はひらひらするが、多少は見た目に優しくなった気がした。


また、念願の外出許可が出た。
ずっと、家に帰りたい、自分のベッドで寝たいと思っていた。
 
夕方、病院を出た。
病院食は薄味で味気なかったので、久しぶりに濃い味のがっつりしたものが食べたくて、迷わず焼肉をリクエスト。

濃いタレで食べる肉の味は格別。

自宅はエレベーターが無いマンションの3階なので、松葉杖で登った。
早速リハビリでやったことが、生活に直結していると確認できたことは、リハビリに取り組むモチベーションに繋がっていくことになった。

エレベーター無し、手すり無し、駅にも近くないマンションで、事故当時は引っ越しも考えたが、リハビリが終わって日常生活に戻った時、どの程度動けるかはまだ全くわからない。
わからないうちからあれこれ考えてもしょうがない、わかってから考えようと思い、最低限、風呂場の椅子ぐらいしか用意しなかった。

そして久々に自宅で過ごす時間。
母妹が住み着いていて、漂う実家の香りにちょっと凹みながらも、帰れたことに満足。
やっとここまで戻ってきたんだ、と感慨深かった。

 

脚がなくなってから、病院以外では何もかもが初めて。
一時帰宅は日常生活でどこまで前と同じようにできるのか、できないのか確認する意味もあった。
結果、ほとんどのことは松葉杖でなんとかなった。
変えなくていいんだな、と思った。

それからは毎週末、外泊許可をとって自宅に帰るようになった。

リハビリは相変わらず筋トレの日々。
この頃から、左脚の傷口も塞がり始め、背中の傷も回復に向かっていた。
傷の具合が落ち着きを見せ始めたことで、治療の段階は終わりが見えてきた。

義足のリハビリは別の病院という方針で、2月中に転院という話が出た。

少し前まで処置の痛みに苦しんでいて、治療が終わって転院なんて先の話のように感じていたので、この頃の展開に自分自身ついていってなかったように思う。

ソーシャルワーカーさんが関西中の病院をあたってくれて、股関節離断で義足で歩くリハビリに対応できる病院を2つ見つけてくれた。

関西中探して2つだけ。
少ないが、対応できる病院があるということは確実に歩けるということ。
退院後は義足で歩いて生活する以外、想像しなくなった。


(続く)


切断〜復帰経過:まとめ

←その5:リハビリ開始 その7:転院→


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